Later1の続きです。

interviewer「MTVのホームコンテストについてはどうだい?史上最多の応募者数だったそうじゃないか」

Jon「そうなんだ。面白い話なんだよ。オレはニュージャージーのセイヤーヴィルというどこにでもあるような町で育ったんだけど、両親は25年間住んだその家から87年か、88年だったと思うんだけど、引っ越すことにしたんだ。そしたらMTVがその家を買いとってコンテストをしたいと申し出てきた。両親にとってはシンプルで都合の良い話だったんだ。だって不動産屋の市場に出して、博物館みたいに人々が家を観に出入りしたりという一連の作業をしなくてすんだわけだからね」

Jon(88年の映像)「グレイスランドじゃないけど、ちっぽけなニュージャージー・スタイルのボン・ジョヴィ・ロックの歴史がつまった家だよ。そしてそれを君にもらってほしいんだ」

MTV「コンテストに参加してボン・ジョヴィが育った家を勝ち取ろう!MTVの『あげちゃえ!ボン・ジョヴィの家コンテスト!』」

Jon「そしたらこれがすごい反響で、ある日イタリアン・アメリカン・ファンデーションのディナーに招待されてワシントンに行ったんだけど、その年の会長とかも来て、ホワイトハウスではジョン・セニューマン(?)も会議に参加してね、『君を知ってるよ。私達はあのコンテストに応募したんだ!』って言うんだよ!『冗談だろ、そんなおおげさなもんじゃないのに!』って感じでさ」

Interviewer「ヒューイ・ジョンソン(?)も叫んでいたそうだよ。『I LOVE BAD MEDICINE!』って」

Jon「(嬉しそーに爆笑して)どうだろうね。想像できるな、ホワイトハウスの裏でこんなふうに・・・」

Interviewer「(ジョンに受けたので調子にのって)僕は先日バーバラ・ブッシュに言ったよ。『あなたは愛に汚名をきせたんだ』って」

Jon「(これまた爆笑)・・・ほんとにあのコンテストには大勢の人が応募して、あまりに大きなコンテストになったもんだから、MTVはその後もあれをモデルにしてコンテストをやったりしたそうだよ」

Interviewer「それで当選した家族がどういう人達だか知ってるの?今も君のお母さんの家に住んでいるのかい?」

Jon「彼等は若いカップルで、いままでだんなさんは往復2時間かけてセイヤーヴィル近くの仕事場に車で通 っていたらしいんだけど、これで近くになったわけだ。 うちの母は彼等に3人の子供がいると聞いて、うちもオレを筆頭に3人の子供がいるから『これは神様のおぼしめしよ。ぼうやにこの部屋を使わせなさい。ここはジョンの部屋だから、きっと何か良いことがあるわ』 って(笑)。うちの母はいまだにイエス・キリストを産んだと思ってるんだよ!(笑)・・・どうやって選ばれたのかはわからないけど、うん、彼らのことは知ってるよ」

Winner「(89年の映像)申し分ないわ。家族もいるしちょうど家をほしいと思っていたの。ボン・ジョヴィのファンだし、パーフェクトよ」

Jon's mother「(89年の映像)すてきなご家族よ。3人のお子さんもいるしね。私達は3人の男の子を育て上げたし、今度は彼らの番だわ」

Jon「もちろん、もう彼らは家を売っちゃったよ(笑)」

Interviewer「2秒後には豹変して?(笑)」

Jon「『ミセス・ボンジョヴィ、お会いできて嬉しいわ。さて、家売り出し中(札を立てかける真似をして)』ってね(笑)」

Interviewer「10代の時、君は曲を書きながらスタジオで働いていたそうだけど、15、6才の子供にとっては勉強になる他に、アトラクションでもあったんじゃないかな。たくさんの有名人に会えたんだろ?」

Jon「ああ、たくさんね。オレにはそれまで会ったことがなかったハトコがいてね。オレの両親はオレがやることにとても協力的で、それはたぶん少なくともオレが夜中じゅう家を留守にしていても、オレがどこにいるかわかっていたからだと思うんだ。バーでギグをしていたからね。で、父がある日スタジオ経営をしているトニーに電話して言ったんだ。『息子が毎晩バーに入り浸っているんだが、ちょっと観に行ってやってくれないか。将来があるのか、ないならはっきりそう言ってやってくれ。そうすればあきらめて職でも探すだろうから』って。それで彼が観に来て、『悪くはないよ、まぁ、がんばんな』って言ってくれて、数年後、『高校を出たんだけど、バンドも解散したし、これからどうしようかと思ってるんだけど、そっちに行ってもいいかな?』って電話したら承諾してくれたんだ。それで数年間はいろいろと、銀行に行ったり、掃除したり、ビールを買ってきたり、雑用をしていたんだけど、ラッキーだったのは大物であればあるほど私的に会った時でも良い人なんだと悟ったことさ。10年だか12年だかそれくらい前のことだから向こうは忘れているかもしれないけど、オレはストーンズに会った時のことをよく覚えているんだ。彼はリムジンか何かからちょうど降りようとしていて、オレは当時バンドを組んでいた奴らとタクシーから降りてスタジオに向かうところで、クォーターや、ニッケルや、ペニーを数えていたんだ。そしたら突然パパラッチがゴミための中から飛び出して来て、パチパチ写 真を撮り始めたんだ。当時、ストーンズはどのスタジオでレコーディングをしているのか誰にも知られたくなかったんだけど、パパラッチは写 真を撮り続けてさ。ミックは笑っていたんだけど、夜だったしフラッシュがものすごくてオレは何がなんだかわからなくて、その時はちょうどレノンが射殺された後だったりしたもんだから、オレらニュージャージーから来た荒くれ共の仲間の一人はそのパパラッチをひっつかんだんだ。で、カメラが落ちると彼はそれを拾い上げて『ミック、ミック、写 真を撮らせてくれよ!ストーンズの写真がほしいんだ!』って叫ぶんだ。するとミックはオレ達を捕まえて『これが新しいストーンズだ』って。たしか『ニューフロッグズ』とか言ってたっけな。それで写 真を撮られたんだ。もし今その写真が手に入るのならいくらでも払うんだけどな。で、チャーリーがスタジオのドアを開けて入れてくれて、上に行ったらキース・リチャーズがいて、『今が人生最高の時!』って感じだったよ(笑)当時は本当にそれが励みになったんだ。誰も自分のテープを聴いてくれなくて、みじめな気分でホウキを掃いている時に、ミック・ジャガーのような大物が通 りすがりに『デモの調子はどうだ?』って聞いてくれるんだよ。その一言が曲を書き続けるすべてのエネルギー源だったんだ。10年、20年経って、オレがテープを差し出すキッズにレコード契約の機会を与えようと思うのはそのせいなんだ。昨日のショウでバリケードを越えてステージのすぐそばまで来た女の子がいたんだけど、セキュリティに連れ去られる時に必死で胸ポケットからテープを出してそれをステージに投げたんだ。オレはそんな時いつも演奏を中止して『わかった!わかったよ!テープはちゃんと受け取ったからね!』って言いたくなるよ。それで次の町までの移動の時にテープを聴いてみるんだけど、時にものすごく良いものがあるんだよ」

Interviewer「じゃあ、連絡先を書いておかなくちゃね」

Jon「そうだね、ホントによくあるんだ。シンデレラというバンドもバーで見つけて、デビューアルバムは300万から400万売れて、ツアーにも連れて行ったんだ。スキッド・ロウも同じさ。近所で仲良くしていた連中で、ガレージでよくジャムってた。それでレコード契約させたんだ。モールに映画を観に行った時も、のちに『Color Me Bad(?)』という名で呼ばれるようになった男がオレのところへ来て、オーディションを受けたいって言うんだ。オレは『いいかい?今日は日曜の夜でモールも閉まってるし、君は楽器も持ってないし・・・』って言ったら『いや、ここで!』って言って歌い始めたんだ。そしたらそれがびっくりするほど良くてさ!『曲を書くの?』『いいや』『何か楽器を?』『いいや』『じゃあ何をするんだ?!』って聞くと歌い始めるんだ。で、その歌がすごく良かったから、『わかった。明日アリーナへ来なよ。君をステージに上げてやる』って言ったんだ。それで歌わせたら地元の新聞やラジオが取り上げて、とにかくその時は握手して別 れたんだけど、その2年後、アメリカン・ミュージック・アウォードで彼らに会ったんだ。彼らはオレのところへやってきて『How are you?! How are you?!』ってしきりに言うんだけど、オレは最初誰だか思い出せなくて、そしたら彼らのレコードレーベルの社長が『君がモールでオーディションをしたColor Me Badだよ。たった今、賞を受賞して来たんだ』って言うんだ。そんなふうに才能を発掘する機会に恵まれたんだよ」

Interviewer「スーパーボウルの危機をもう少しで君が救うところだったって聞いたんだけど?」

Jon「ああ、今年スーパーボウルを観戦に行ったんだ。ただのフットボールファンとしてね。オレが席に座っていたら、たぶんゲームが始まる10分か15分前だったと思うんだけど、ある男が下の方からオレのいるセクションに走って来て、 オレの隣がプリゲームとハーフタイムショウのプロデューサーがいるセクションだったんだけど、そこに向かって叫んでるんだ。『大変なことになった!』『なんだ?』『カート・ブルックスがNBCともめちゃって・・・』とかなんとか。彼は国歌を歌う予定だったんだ。それで血相変えたプロデューサーが通 路にいる人をかき分けて『すみません、すみません』って言いながらオレの前を通ろうとして、オレはというとこんなふうにホットドックとビールを手にしてのほほんと座っていたんだけど、彼がオレを見つけて『・・・やってくれるかい?』って!オレはホットドックとビール持ちながらこんなふうに固まっちゃったよ!突然なんであんなこと言っちゃったのか分からないけど、『ああ、できるさ!』って言って、手に持っているものを下ろして、キャップをかぶりなおして、階段を降りていったんだけど、一段ずつ降りていくたびに、歌詞の続きを忘れていくんだよ!オレの口の中はカラッカラに渇いてきて、フィールドに下りた時にはスタッフが無線で『ああ、こいつにやらせちゃえ!代役が見つかったぞ。アカペラでいい。セットもなしだ、バンドもなしだ、ほら、マイクだよ』って。オレは『これって1億人が見てるんだよね・・・?!』って思ったよ!とにかく『大丈夫だ。できる、できる!』って自分に言い聞かせて、ダラスのロッカルームの近くに待機したんだけど、幸運なことにカートが『歌った方がいいかな』って考え直したのか詳しい事情はわからないけど、『ありがとう。問題はおさまったからいいよ』って言われて歌わずに済んだんだ。でも、『来年は歌ってくれるかい?』って言われて『わかんないな、こういうことやったことないし』って答えたよ。国歌を歌ってくれって頼まれてもいつも断ってたんだ。例外はジャイアンツがNBCチャンピオンシップに出た時さ。その時は自分から立候補したんだ。でもそれはスーパーボウルの6日前だったから当然すでに他の人がやることに決まっていて・・・たしかホイットニー・ヒューストンじゃなかったかな」

Interviewer「聞いた話だと、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースはベイエリアのすべてのスポーツイベントで国歌を歌ってるそうだよ。そういう契約らしいんだ」

Jon「そうそう、ジャイアンツがフリスコと対戦した時、彼はフリスコサイドで、オレがジャイアンツサイドでね、ロックスターのご対面 って感じでお互い牽制しあって、『あっちサイドへなんか行くもんか!』ってね(笑)でも、彼がこっちまで来て握手を求めてきて、なんだかまるで二人ともチームマスコットみたいだったよ!で、ヒューイは国歌を歌いに行ったんだけど、スーパーボウルでオレにお声がかかった理由は第一にオレがジャイアンツファンだったことと、第二にヒューイがその時、都合が悪かったからじゃないかな(笑)」

Interviewer「スーパーボウルで思い出したけど、マイケル・ジャクソンがハーフタイムショウで歌ったよね?君はマイケルと偶然会ったことがあるんだって?」

Jon「日本でね。個人的な結びつきはないんだけど、オレ達はオーストラリアから日本に行って・・・面 白い話なんだよ。日本はおそらく世界でも最もアメリカのロックバンドがビートルズ扱いされる国だと思うんだ。どこに行っても、何をするにもいつもファンに見つかるんだよ。ホテルを出る最後の手段は救急車か、クリーニング屋のバンに乗り込むしかないってくらいにね。それで、ある日みんなでコスチュームショップに行って、カツラや付けヒゲを買ったんだ。笑っちゃうのが、チコ・マークスみたいな格好をして、他の人にまぎれて同じようにホテルの自分の部屋を見上げて指さしててさ(笑)それで、ある時日本に行ったら、ホテルがマイケルと同じだったんだ。彼はもちろんワンフロアを貸し切って、セキュリティが右往左往していて、オレ達はただのガレージバンドって感じでホールをうろうろしてたんだ。で、マイケルに会いに行ったら招き入れてくれて、2重トビラが開いたその向こうに彼がいたんだ。オレ達は思わず後ずさりしちゃったよ!だって、マイケルはエルビスのベルトをして、両側には側近が立っていて、まるで王様みたいなんだ!それでそばまで歩いていったんだけど、どうしよう、何かしゃべんなきゃ!って思って、カツラの話をしたんだ。彼は、どうしてなのかはわからないけど、初めて聞いたっていうようなふりをしてたんだけど、その次にマイケルを日本で見かけた時、彼はカツラをかぶって、前歯はさし歯にして、オレの前を通 り過ぎる時にウインクしたんだよ!ちょうどトイストアに行くところだったみたいでさ。・・・彼は世間で言われているよりずっと人間臭い人だよ。彼だってオレ達と同じように、自分の行きたい所へ行きたいんだよね。

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