JON BON JOVI
OXFORD UNIVERSITY
- Oxford Union Address -
June 15, 2001

Translated by Bona

紳士淑女諸君、ユニオンのメンバーの方々、来賓の方々、あなた方に感謝します。今日、みなさんの一員としてこの場に立つことをとても楽しみにしていました。マルコムX、ロバート・ケネディ、ヘンリー・キッシンジャー、カエルのカーミット・・・これはいままでにあなた方がこの名声高いオックスフォード・ユニオンに呼んだアメリカ人のリストです。なんて感銘深い名前が並んでいることでしょう。そして今日、この私がもっとも最近のヤンキーとして名高いオックスフォード・ユニオンでスピーチをするわけです。

しかし、私にとって今日はいつもと勝手が違います。白状すれば、おじけづいてしまうこともあり得ると思いました。公衆の面 前でしゃべることに、ではありません。大勢の人の前に出るのはいくらか経験がありますから!しかし、その場がオックスフォードだということにです。事実、私はあなた方の学校についてある先入観を持って、この申し出を受けました。その一流としての名声、その学問的歴史、その優秀な卒業生達。しかし、それと同時に悟ったのです。私のスピーチに出席するあなた達も、おそらく私に対するいくらかの先入観を持って、ここに来るだろうということを。ジョン・ボン・ジョヴィがどういう人物か、有名人としての名声、私のキャリアに存在する勝利と障害物の数々。言明するのを強いられるゴシップや好奇心について。そして違いを生み出すことについて。紳士淑女諸君、今宵、私達全員に課せられたミッションを果 たしましょう。お互いに対するすべての先入観を取り除くのです。シンプルなことですが、真実です。本の表紙でその内容を判断することなどできません。では、ページを開いてその中身を探ってみましょう。

ロックスターとはなんと月並みな決まり文句、肩書きなのでしょうか。その神話を暴露しましょう。

私はニュージャージーのセイヤーヴィルという町で育ちました。セイヤーヴィルは当時・・・今でもそうですが、労働者階級の町で、私の家族も労働者階級でした。私の両親は二人とも海軍に従軍していて、その時に知り合いました。結婚後、父は祖父の後を継いで配管工になることを期待されましたが、美容師の道に進みました。母は店を持っていましたが、のちに花屋になりました。彼らは私とその二人の兄弟を育てるために週6日働き続けました。しかし、他の親と同じように、両親の願いは子供達が、自分達の歩んだ道よりも良い人生を歩んでくれることでした。セイヤーヴィルでは、高校を卒業すると、軍に志願する前に父親のように働きに出るのが普通 で、私達もそう信じてきました。私の3人の親友は海軍を選びました。彼らは私に言いました。そうやって世界を知っていくのだと。しかし私には別 のプランがありました。私は地元のバーでバンドとプレイしながら夜を過ごしていたのです。パブでお酒が飲める歳ではありませんでしたが、ステージでプレイしていない時は、じっと観察して技術を学んでいました。それが私の大学でした。私の両親はありがたいことによく理解してくれました。「少なくともお前がどこにいるかはわかるから」と。もし、私が一つ両親について誇れるものがあるとすれば、それは夢見ることを知っていたことです。夢を理解してくれて、一度も反対しませんでした。もし人生にそんな人達がいてくれれば、道を踏み外すことなどあり得ません。

ロックスターになる方法を示してくれるものなどありませんでした。しかし、私が思い描ける将来はただ一つそれしかありませんでした。思い返してみても、信じられる根拠のある理由などありませんでしたが、それでも、とにかく信じたのです。心の中で、自分はミュージシャンになるのだとわかっていました。感じていました。自分の神経一本一本にいたるまで信じていました。たぶんそれは盲目的な信念と、無邪気さと、情熱の健康的なコンビネーションだったのでしょう。そして、それらが私を夢へと導いてくれたのです。今日、もし私の言ったことの中から何か持ち帰ってくれるなら、覚えていていただきたいことはこれです。情熱+忍耐=可能性です。

一つずつ説明していきましょう。

1.情熱

情熱、これは私の大好きな言葉です。情熱ほど大切なものはありません。人生において何を追いかけるにしても、何をするにしても、それに対して情熱を持ってください。人は平等に生まれてくるわけではありません。他人が自分より楽な人生を歩んでいるように見える時、それは生まれ持って運命づけられているように、不公平に思えるものです。しかし、誰かがおしゃれなトレイナーを着ていたからといって、それがより速く走れることにはならないのです。競争を恐れてはいけません。優位 な立場というのは時に、目標を達成するために人の二倍努力して手に入れるものです。自分の持っている力をすべて出し尽くせば、成功した時はより嬉しく、失敗してもそれほど辛いものではありません。覚えていてください。最後に勝つのは血統ではなく情熱です。世の中はもう父親が育った時代ではないのです。世界があなたに何を期待するか、そんなことは問題ではありません。問題はあなたが自分自身に何を期待するかなのです。他人はあなたにいろいろなことを期待するでしょう。良いことも、悪いことも。彼らのことなど無視しなさい。自分に正直になるのです。あなたの人生なのですから。

リズ・マーレーはニューヨーク、ブロンクスの貧困街、ゲットーで育ちました。彼女の両親は共に月々の生活保護金をドラッグに使い果 たしてしまう中毒患者で、彼女はまったくかまってもらえませんでした。食べ物も十分与えられず、暖かい洋服も与えられず、彼女の母親は妹の冬用のコートをドラッグの金欲しさに売ってしまったほどでした。彼女の父親はホームレスで、母親はエイズに侵されていました。9才にして彼女は一家の大黒柱としてガソリンスタンドで給油をし、スーパーで客の買い物を袋につめ、生活費を稼いでは母親の看病をし、妹を育てていました。15才の時、母親がエイズで亡くなりました。父親は路頭をさまよい、リズ・マーレーはホームレスになりました。彼女の人生は、私達ほとんどの人間から見たら生き地獄です。しかし、このおぞましい情景のまっただ中にいても、彼女は自分が自分を救えることを知っていました。自分の状況に打ち勝つことを決意した彼女は、父親を定住させ、私立高校の入学書類にサインさせるために借りて来たスーツを着せました。彼女は失われた時間を取り戻すため、通常の2倍のコースを取りました。彼女は熱心な学生で、時に夜中じゅう電気がついている学校の階段の吹き抜けで勉強したり、寝たりしていました。家がないのに、それを「ホームワーク」と呼べるでしょうか。彼女は4年制の高校をたった2年で卒業しました。そして貧しい地元の学生のためのニューヨーク・タイムズの奨学金の話を聞き、申し込んだのです。

修学旅行でハーバード大学を訪れた時、リズ・マーレーはキャンパスと、第一図書館を観て思ったのです。なぜ私じゃないの?この学校にいる人達と私の違いは一体何なの?と。

そうして彼女は申し込みました。そしてそのニューヨーク・タイムズの奨学金を勝ち取ったという知らせが彼女のもとに届いたのです。事実、タイムズの読者達はリズの物語にとても感銘を受け、さらに15人の子供達を大学に行かせられるほど十分なお金を奨学金基金に寄付したのでした。たった2年前、ゴミためをあさっていたこの少女は、奨学金を勝ち取り、マサチューセッツ州、ケンブリッジに移ったのです。リズ・マーレーは、ハーバード大の2004年卒業組の一員になるはずです。

リズ・マーレーは「あなたは自分の運命の達人なのだ」という否定できない証拠です。勝つのは血統ではなく、情熱、その証明となるものがあるとすれば、これがまさにそれです。

忍耐

80年代、私は音楽の仕事でとても成功しました。しかし、すべてを手に入れて気付いてみると、人生の岐路に立っていました。このまま進むのか、それとも曲り角の向こうに待っているかもしれない冒険を探しに行くのか。それは1991年のことで、その前の7年間で私は5枚のアルバムを出し、5つのナンバー・ワン・シングルを書き、ゴールデン・グローブ賞を受け、オスカーにノミネートされ、4000万枚のレコードを売りました。椅子にふんぞり返り、足を投げ出してリラックスしていればいい、そんな時代でした。その旗を賞状のように掲げ、「オレはやったぞ!」と叫ぶこともできました。しかし私は新境地で一から始めることを選びました。私は演技の仕事を探究することを選んだのです。トップからではありません。一番下っ端から始めたのです。

第1日目から、私は仕事を探すただの役者の一人でした。私の名声は助けにはなりませんでした。実際には大きな足かせとなりました。役者に転身しようとするミュージシャンを奨励してくれるハリウッドの人間などいません。(現実と向きあいましょう。ロックスターの演技の経歴を見てもあまり良いものはありません)演技コーチを得るためだけにオーディションを受けなければなりませんでした。数年間の演技指導を受けた後でも、役のオファーはなく、オーディションを受けに行ったのです。何ごともそう簡単に上手くはいきません。最初の映画の役を勝ち取るまで、粘り強さと忍耐と何年も待つことを強いられました。正直に言えば、初日、空港からセットに向かう途中で、次の飛行機に飛び乗って町から逃げてしまおうという思いが脳裏をかすめました。3年間、部屋の中で演技コーチと一緒に勉強したのちに、私は自分が映画セットの中で、ウーピー・ゴールドバーグと、グウィネス・パルトロウと、キャスリーン・ターナーの横にいることに気付いたのです。身の縮む思いでした。過去7年間に私は9本の映画に出演しました。技術を学ぶこの一人の生徒は今も闘志を燃やしているのです。

ボン・ジョヴィも戦い続けねばなりません。私も戦い続けねばなりません。つまり、私が言おうとしていることは、人生のいかなる時でも、自分のいる場所の居心地の良さに浸りきってはいけないということです。本当になりたい自分になる機会を逃すことにもなりかねないのですから。

可能性

さて、ここまでで情熱と忍耐について話してきました。あと残っているものは?可能性です。自分の人生がここまで幸運なものになることを私は自分で想像できていたでしょうか?いいえ。決してそんなことはありません。しかし、先に話した誤解について覚えていますか?いくつか明確にしていきましょう。

もし手に入れられるなら、この仕事はすてきな仕事です。ほとんどの人は私がやっているようなことをしようとはしません。毎日、私は仕事に行き、自分の愛することをやってお金を稼いでいることが信じられずにいます。ロックスターであろうとなかろうと、もしあなたが自分の仕事についてこう言えるなら、世のほとんどの人よりもラッキーだということです。実際には私は会社に通 勤しなくてもいいわけですが、信じてください、昼夜すべての時間、世界のすべての地域で、私達人間は働いているのです。演奏することは仕事だと思っていません。お金を払ってでもプレイするでしょうから。犠牲にしなければいけないのは、子供の誕生日や記念日、アメリカン・フットボールのシーズンです。不満を言っているわけではないのです。でも、別 のホテルで別のクラブ・サンドを食べなくても仕事はできるのです。しかし、あなたには学位 があるからといって、私には達成して来たものがあるからといって、その成功を当然のことと思ってはいけません。成功とは名声を得ることではなく、満足感を得ることなのです。あなたの観客をおろそかにしてはいけません。自分がどこの出身か、忘れてはいけません。謙虚になり、謙虚でいつづけるのです。

人は金が諸悪の根源だと言います。しかし、その引用は正確なものではありません。正確には、金を愛することが諸悪の根源なのです。金で幸せは買えません。地位 も、尊敬も買えません。そして、ビートルズが言ったように、金で愛は買えません。

名声については認めるところがあります。私達はみな成長過程において自分のサインを練習したり、有名になるということがどんなものか、想像したりしたことがあると思います。教えてあげましょう。有名になるというのは、なんともけったいなものです。私は幸運でした。プレスやパパラッチからの干渉は最小限のもので済んでいますから。毎朝起きた時に「ヘイ、オレって有名人だぜ」なんて思ったりしません。私の妻も子供達も、音楽の仕事に関わることを選びませんでした。有名になることを選びませんでした。だから彼らにスポットライトが当たらないように、私は最大限の努力をしています。残念ながら撮られてしまったパパラッチによる数枚の写 真以外、私の子供達は一度も写真に撮られたことはありません。名声は家の中まで追っかけてくることはありません。

ロックンロールのライフスタイル。あなた方がここに来た理由はこれでしょう。あなた方が聞きたいのはドラッグや、アルコール、パーティ、それに女。そういうゴシップでしょう。ジャージーではそんな時こう言うんです。「ほっとけよ!」もしあなた方が私に友だちの信頼を裏切ってロックバンドとしての私達の生活について話すことを望んでいるなら、後日出る「サン」や、それとも「ハロー」かな?そういう記事を待っていたらいいんです。私を誤解しないでください。私はこの世界に20年住んでいるんです。私は仙人ではありません。でもボン・ジョヴィは、自分達の汚れ物を外に流すようなバンドではないのです。「オールモスト・フェイマス」という映画を観たことはありますか?あの中で、彼らがやっていたあらゆる面 白いことを観ましたか?つまり、彼らは「もう少しで有名人」でしたが、私達は「本当に有名人」なのです。これでわかりましたか?というわけで、がっかりさせたのならすみません。でも、仲間内でとどめておくこともあるんです。

さて、私のスピーチも終盤に近づいてきました。きれいな女の子のドレスのようなスピーチであったのならいいのですが。題材(肝心な所)を網羅(カバー)できるほどの長さでありながら、興味を失わせないほどの短さ、というわけです。

最後にこの言葉で締めたいと思います。歳をとらずに成長しましょう。命ある限り精一杯生きましょう。私がまだ若かった頃、明日が何を運んで来てくれるのかわかりませんでした。来年40才になりますが、今もって明日が何を運んでくるのかわかりません。でもだからこそ人生は面 白いのです。だから人生設計をたてる時は鉛筆で書きましょう。あなたが歩んでいこうとしている道はとても長いのです。価値ある旅をしてください。

ありがとうございました。


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