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RED BOOK - 2003

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(注:これはBonaが雑誌風にレイアウトしたもので、実際の記事ではありません)

「オーディエンスを魅了することがロックンロールの基本さ。そして言わせてもらうけど、オレはそれが得意なんだ」ジョン・ボン・ジョヴィは過去のインタビューでこう語ったことがある。この言葉をキュートだととるか、うぬぼれだととるか、でも反対する者はいないだろう。80年代から数百万人の女性がこのロックの伝説の虜となり、自らの身さえ捧げた者だってそう少なくはないはずだ。しかし、ごめんね、お嬢さん達。彼が忠誠を誓う女性は妻のドロセアただ1人。そして3人の子供の誕生日会のためならば、深夜のパーティなんてなくていい。

しかしこんな献身的家庭人のジョン・ボン・ジョヴィに、結婚生活の危機がなかったわけではない。彼がアリー・マクヴィールの撮影地LAから帰宅した直後だと言うのに家族との余暇よりも仕事を優先させようとした時、ドロセアの堪忍袋の緒が切れた。「普段泣き崩れることなんて決してないんだけど」ドロセアはプレスに白状した。「でもあの時が唯一はっきり切り出した時ね。『本当に怒るわよ…』って」それからというもの、ボン・ジョヴィは家庭人としての義務と彼の仕事を両立するプロになった。いったいどうやって?アメリカの一番ホットな憧れの人にその答えをきいてみよう。

―― ロックスターで父親でもあるわけだけど、両立するのは大変?

そうでもないよ。ロックミュージシャンの多くは家族もいて、長い結婚生活を続けてるよ。もちろん、誕生日やスポーツ観戦が恋しくなることはあるけどね。でもそれは僕が仕事のために自分で選んだ犠牲だ。

―― でもファンからはどうやって逃げてるの?変装するの?

オーストラリアに行った時のことだけど、(Bona注:1993年のインタビューではこのエピソードは場所が日本になってます…どっちがホントなんだジョン?!)数千というファンがホテルの前で絶叫していてね。僕はこっそりクリーニング屋の車に乗り込んでコスチュームショップに行って、ヒゲと帽子とカツラのセットを買った。ホテルに戻った時にはたくさんのファンの集団の中を堂々と歩いて、みんなと一緒に自分の部屋を指さしたりしたよ。あれはうまくいったな。でも普段外に出る時は簡単に野球帽とサングラスをするだけさ。子供たちが言うんだ。「ダディ、新しい変装を考えなきゃだめだよ。みんなダディが野球帽とサングラスで変装してるって知ってるんだから」って。でもできることなら寝るときもサングラスをしたいくらいさ。

―― 女性ファンがやったことで一番クレイジーだったものは?

映画監督がシッターを連れて僕に会いに来たことがあったんだけど、彼女、ドレッシングルームでパンツを下ろして下半身に彫ってある僕の顔のタトゥーを見せたんだ!

―― タトゥーはある?

3つあるよ。一つは左腕のスーパーマンロゴ、右腕に牛の頭、そして左の足首に小さなドラゴンだ。スーパーマンロゴは僕のスリッパリー時代を象徴している。僕は25才で、世界の頂点にいた。牛の頭はヘヴィメタルバンドのスキッド・ロウと夜遊びをしていた時のものだ。ギタリストのデイヴ・スネイク・セイボをタトゥーパーラーへ連れていったんだけど、タトゥーを入れるのは痛くないってところを見せなきゃいけなくてね。このタトゥーはニュージャージー時代のまるでカウボーイのようだった僕の気持ちを象徴していると思う。町にたどりつき、金と女を奪い、酒を飲み、朝になる前に旅立っていく。まぁ、若気の至りってやつさ。そして最後の足首のドラゴン、1991年の頃になると僕はめり込んでて…あれが僕のタトゥー時代の終焉だったな。タトゥーというものは時代遅れの服と同じで、願わくばその時々のスタイルに合わせて着替えたいと思うものだけど、でもこれも僕の人生の一部なんだ。

―― 過去に後悔は?

本当になんの後悔もないんだ。自分に備わっているもので一番素晴らしいものは「恐れずに生きろ」という精神だ。だから何かやりたいことができたら、それが結局残念な結果に終わったとしても、少なくともチャレンジしたとは言えるだろ。

―― 高校時代のガールフレンドと結婚したわよね。あなたに夢中なファンにどう対処しているの?

ただ笑ってるだけだよ。嫉妬するようなタイプじゃない。それが僕の仕事だってわかってるしね。僕達は幸運にも僕が成功する前、バーで歌っていた頃から一緒にいたんだ。だからこの20年間のすべてをずっと見てきて、理解してくれている。ハリウッドのゴシップのために作り上げられたような関係じゃないんだ。

―― でも遊び回った時期もあったでしょ。

すべてはスターダムにのし上がるまでの過程さ。ああ、遊び歩いたよ。でもハリウッドのハニー達は僕にとって価値のあるものじゃなかったよ。

―― わかったわ。でもアリー・マクヴィールにアリーの恋人役で出演した時、ドロセアはいろいろなラブシーンに対してちょっとでもプリプリしなかったの?

それは本当に問題じゃないと思うよ。セットでは50人もの人間が周りを囲んでるんだ。明るい照明の中でね。親密な雰囲気じゃないんだよ。

―― あなたがツアーに出ている時、どれくらい頻繁にドロセアと連絡を取り合っているの?

一日に一回。まぁそんなもんさ。彼女がよくいるような独占欲の強い女になったことは一度としてないよ。一日に一回しゃべる。時々は僕が気もそぞろだったり、彼女がそうだったりするんだけど、お互いに何が起こっているのか把握していたいからその時間は作るようにしてるんだ。

―― あなたはロマンチック?

そうだと思うよ。毎週金曜日にバラの花を贈るようなタイプじゃないけど、結構良いプレゼントを買うんだぜ。一番最近のドロセアの誕生日にはカメラとプリンターを買ってあげたよ。カメラはどんなダイアモンドより素晴らしいよ。思い出を作るんだもの。

―― いままでの結婚生活で学んだ最たるものは?

演技で学んだことと一緒だと思うな。良い聞き役になれってこと。同時に僕は毎日彼女に愛してるよ、と伝えて、そばに行って抱きしめてキスをしてるよ。こういうことがさらにもう一つカルティエを贈るよりずっと大切なことなんだ。人生で本当のギフトと呼べるのは仕事とは別のところで一緒に何かを経験することだよ。一緒にいること、三人の子供が健康でいること、幸せでいること、これがすべてなんだ。子供たちは僕達の最高の財産だ。

―― あなたの日々の家庭生活についてもっと聞きたいわ。あなたとドロセア、どっちのほうがもっとたくさんの整髪料を使ってる?どっちのクロゼットのスペースが大きいの?

その質問はたぶん同点だな。それより、そういう服をどっちが払ってるかを聞いてくれよ。

―― ノーノー。おてやわらかに。彼女は3人の子供と家にいなきゃいけないんだから…。

冗談だよ!君が僕に対して彼女をかばう必要なんてないさ。

―― もう1人産むんですってね。おめでとう!

うん。僕じゃなくて妻がね。でも、うん、僕達だな。3月に産まれる予定だよ。

―― 男の子がいい?女の子がいい?

健康でいてくれさえすればどっちでもいいよ。

―― 名前は考えた?

3人の子供の後じゃ、案も尽きてくるってもんだよ。4人目は難しいな。

―― 末っ子にするつもり?

計画ではそのつもり。ドロセアと僕はいつも4人の子供ってアイデアを話し合ってたんだ。たぶん二人とも大家族で育ったからかな。僕は3人兄弟だったし、ドロセアは4人姉妹だったんだ。今、ステファニーが10才で、ジェシーが8才、ジェイクが1才。二人ずつ年が近いってのが二人とも気に入っててね。だって年が若い二人は実際には年が上の二人と一緒に成長していくわけじゃないからさ。

―― あなたがアリーの撮影をしていた時、ドロセアはジェイクを身ごもっていたわよね。どんなだった?辛かった?

僕はほとんどの妊娠期間を逃してるんだ。6ヶ月もLAにいたからね。時々は帰ったり、彼らが会いに来てくれたりはしたけどね。僕にとってはすごい楽な妊娠期間だったよ(笑)

―― 家族との時間はどうやって作ってるの?

妥協しなきゃいけない部分はあるよ。でもそれって出張の多いセールスマンと対して変わらないんだよ。家を留守にしている時間も長いけど、一年を通して家にいる時期だってあるんだ。学校行事にだって出られるし、毎日野球だってできるんだよ。

―― 家でレコード作りしてるの?

そう。

―― じゃあレコーディングしている時は朝4時まで留守にしているわけじゃなくて、朝4時まで家にいるのね。

そう。

―― 父親が有名だということを子供たちはどう思ってるのかしら?

小さい頃は自分の父親の仕事が何なのかわからなかったみたいだ。家にはプラチナディスクなんてどこにもかかってないからね。彼らにとっては、「パパはおうち」か「パパはおるす。お仕事があるから」だけだった。学校に行くようになってからは、状況が変わったね。子供たちが「おまえのパパはジョン・ボン・ジョヴィだろ」って言うこともあるわけだから。その時初めて自分の父親は他の父親達とは何か違うんだって悟ったんだと思う。でも子供たちは家で僕のレコードなんて聴かないよ。

―― あなたの音楽をまったく聴かないの?

ここ数年のレコードは聞き覚えがあるみたいだけどね。

―― 彼らはどんな音楽が好きなの?

ボーイバンドやブリトニー・スピアーズなんて決して聴かないよ。子守歌の後にいきなりサイモン&ガーファンクルやトム・ウェイツやビートルズに行っちゃったからね。子供たちは曲や歌詞がわかるんだ。ジェシーがジミー・イート・ワールドの「パッチズ」を聴いた時のことを覚えてるよ。あいつ、歌詞が悲しいって言って泣きだしたんだ。素晴らしいよ。子供たちは自分たちで好きなものを見つけてるんだ。

―― 子供をロックスターにさせる?

無理強いはしないけど、もし子供がその道を見つけて好きだと言ったら応援するよ。

―― 子供たちはパパラッチに狙われる?

パパラッチとの関係はありがたいことに良好だよ。もし僕が妻と子供たちと一緒にどこかにいたら、1000回のうち999回は彼らは僕達をそっとしておいてくれる。僕とドロセアが彼らのために数回ポーズを取ることはあるけど、子供たちは写させない。彼らに子供たちも同じだと思わせたくないんだ。彼らは僕と違って有名になることを選ばなかった。

―― あなたのキャリアの中で縮小することは?

旅行だな。世の中には美しい場所がたくさんあるけど、ニュージャージーが我が家なんだ。ジャージーに帰ってきて、その摩天楼を見ると心がスキップするんだよ。マリブに家を持とうとしたこともあるけどできなかった。僕のルーツはニュージャージーなんだ。いつかはここの土にかえるんだろうな。

―― スローダウンは考えてないの?

ノー。やめられないんだ。クリエイティブでいるのが好きだからね。それに数百人という人間の生活が僕の肩にかかっている。バンド、クルー、レコード会社、その家族達。テーブルに料理を出してやらなきゃ。

―― 名声のピークは?

数えきれないよ。別世界への扉が開かれたんだ。ニュージャージー出身の労働者階級のガキが執務室でクリントン大統領と座るなんて信じられる?毎日自分をつねってるよ。

―― 元大統領とはどうやって会うことになったの?

ただホワイト・ハウスに頼んだだけだよ。「子供と一緒に明日伺いたいのですが」って。彼らは「オーケー、お入り、ジョン」そんな感じで、副大統領のアル・ゴアとエア・フォース2に乗ったのさ。そしてチャールズ皇太子とも会って、素晴らしかったよ。

―― ロックスターになってなかったらどんな人生だったと思う?

どっかのミュージシャンがよく言うみたいに「音楽は僕そのもの。音楽がなかったら生きていけない」なんてタイプじゃないよ、僕は。そんなのすごく薄っぺらいし、みじめだ。僕がほしいのは素敵な思い出の数々。それさえあれば十分だ。

―― シンプルな楽しみを大切にする人なのね。最大の楽しみは何?

クッキーだね。毎日、一日中だって食べれるよ。


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