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JBJ Interview From Inc. Magazine -June, 2004

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(注:これはBonaが雑誌風にレイアウトしたもので、実際の記事ではありません)

ロックの伝説で語られることといえば、コカインや無謀な石油パイプラインへの投資であったが、JBJは違う。実業家としての彼は84年発表の最初のアルバムからエンターティメント業界でのキャリアを築き、その経験で培ったビジネスセンスを企業化という形でいかんなく発揮している。一昨年の秋からジョンはアリーナフットボールリーグでの地位を築きつつあるチーム、フィラデルフィア・ソウルの共同オーナーとなった。彼は名ばかりのオーナーになるどころか、熱狂的フットボールファンとして、また、人気がものを言うポップミュージックの世界で1億枚以上のアルバムを売り続けている成功したマーケターとしてこのベンチャーに入れ込んでいる。AFLは18年もの長い間NFLの巨大な影に脅え、もがき苦しんできた。しかし最近はコミッショナーDavid Bakerの華々しいリーダーシップにより、牽引力がついてきている。NBCネットワークとの放映契約、B級選手として甘んじなかったひよっこオーナー達、John Elway、Jerry Jones Jr.、Casey Wasserman、そしてBon Jovi。Bon Joviと地元フィラデルフィアのビジネスマン、Craig Spencerはフランチャイズを勝ち取ってから数ヶ月で組織の慣習を改善し、チームを結成した。彼ら二人にとってチームは趣味でも投資のおもちゃでもなかった。Bon Joviは深く関わっている。私はチーム・マネージメントの会議を見学させてもらい、彼が詳細事項にも精通していて、小さなことにも努力を惜しまない姿を目撃した:マーチャンダイズは十分にあるか?試合後、どこにサイン入りテーブルを置くべきか、Bon Joviはチーム名を考え、マスコット(ザ・ソウル・マン)を作り、オン・フィールド・イベントの企画に手腕を発揮し、このエンタープライズに膨大な時間を割いている。いまやフィラデルフィア・ソウルはAFL一のチケットセールス、広告セールス、マーチャンダイズ収入を誇る。Bon Joviはサムスン電子のようなスポンサーに広告を出す個人的コネも持っていれば、地元のラジオ局に出演する場合は選手を連れていき、放送時間を確保する。チームの地域貢献度とチャリティ活動は彼のビジョンによるものだ。

しかし、こうやって見ていくと、ジョン自身がそれを立証せざるをえない。基本的なことはよく知られているように、NJ州出身で、自分のルーツから離れず、高校時代の恋人と結婚して15年、4人の子供がいる。しかし見えてくるのはそれとは違った人物像だ。思慮深く、自分を良く知っている世界的なセレブでありながら経験に基づくマーケティングセンスと真の統率力を備えている。

クリエイティブな人間は時にビジネスで惨たんたる失敗をすることがある。彼らは自分こそがアイディアの泉だと信じ込み、人の話に耳を傾けない。人間を育成する責務を放棄し、彼らのばく大な寄付こそ尊敬の対象になるべきだと思い込んでいる。Bon Joviはこの二つのことにおいて見事に成功した。私はジョン・ボン・ジョヴィ・エンタープライズのニューヨークオフィスで彼と話した。彼はリラックスして、カジュアルに、警戒心を解いていた。インタビューを終えた時、私は彼が真のInc.-style企業家だと納得させられていた。

――なぜチームをソウルと名付けたの?

長期間に渡っての成功を見据えたからさ。どの業界にいるかに関わらず、流行やファッションを超越しないといけないよ。普遍的でクラシックな名前にしたかったんだ。Toronto Raptorsの名は恐竜から来てる。ジュラシックパークの時には人気があったけど今はどう?でもソウルはみんなの中にあるものだ。

――チームの調子はどう?

フィールドでは期待した程ではないね。負けてばかりで傷心ものだよ。フィールドの外ではファンタスティックだよ。中間決算が示すところによると1年目なのに赤字なし。聞いたことないよ。

――これは君にとってビジネス?それとも趣味?

両方だ。それにこれに賭ける情熱。可能性が見えるんだよ。リーグにはユニフォーム契約もマーチャンダイズ契約もなかったんだ。これをヨーロッパや日本に持っていけると見てる。バンドをそうしたようにね。

――ビジネスの可能性だけではすまないと思うけど?

たぶんオレがクレイジーなんだろうな。でもこの身を捧げるほどこの仕事に力を入れることと、お互いに対する忠誠心こそがこの組織を成功に導くと思ってるんだ。Mike Triggをコーチとして雇う時に彼に言ったよ。不良のルールはここでは通用しない。選手には地域社会の一員として振る舞ってもらいたい。一度、選手の一人がeBayで自分のTシャツを売りに出しているのが発覚した。彼はこう文句を言った。「誰かと相部屋なんてごめんだ」だからオレ達はこう答えたさ。「その通り。君は誰とも相部屋にはならない。出ていけ」

――有名な「飛行機乗り過ごしちゃった事件」のことを教えて。オーナーとしてどんな影響が?

2週目に夜更かししてね。家族みんなを連れてきてたから。で、朝起きて出てみたらキャプテンとd-back(?)が縁石に座り込んでるのが見えたんだ。彼らは飛行機に乗り遅れてしまったんだね。夜更かしして寝過ごした結果こうなってしまったことに相当落ち込んでいたよ。
オレには2つの選択枠があった。彼らを置いてきぼりにするか、連れて帰るか。難しい決断だったよ。自分のルールを曲げるのはね。でもオレは彼らのことを十分に知らなかったし、キャンプでの素行はとても良かった。だからオレと一緒に帰ろうって言ったんだ。思い返してみるとオレは彼らにご褒美を与えたんだな。でも数時間彼らと話してAFLがどんなものなのか、彼らの歩んできた道や彼らの人生に何が起こっているのか知ることができたよ。

――彼らがBJの飛行機に乗ったことで何を学んだの?

オレは選手達が自力で空港まで運転してきていたなんて知らなかったんだ。もしパンクしたらどうする?ユニフォームバッグがないってことも知らなかった。あったらきっとこの24人が空港を歩いている姿は本物のスポーツ・チームのように見えるだろうに。ギャングなんかじゃなくてね。外に食べに行くのにいちいち日当を支給されてるなんてことも知らなかった。
オレは自分に言い聞かせたよ。明日からさっそく改革を始める。どんなに金がかかっても構うもんか。どこへ行くにもバスを用意する。試合前夜には食事を用意する。試合後の食事も用意する。試合後の日曜の夜には門限を決めてみんな帰宅して寝ること。

――他のオーナーとも話し合ったの?

自分だけで考えたわけじゃないよ。Bill Belichick(New England Patriotsのコーチ)に電話したし、NFL関係の知人みんなに電話してアドバイスを求めた。チームはすごく喜んだよ。だって今はスーツにネクタイ姿で、ユニフォームバッグを抱えて、プライドを持って空港を歩けるんだから。

――現実と向き合ってもうすっかり最高経営責任者という感じだね。これも君の経営手腕の秘策?

ジョージ・ブッシュ・シニアになって、スキャナーが置いてあることも知らずにスーパーマーケットに行くのは簡単だよ。日常生活に疎くなるのはたやすいことだからね。普通の仕事でもエンターティメント業界でも、政治の世界でも同じさ。窓の外にどんな風景があるのか忘れちゃってるんだ。

――統率力と協調性、この二つのニーズにどうやって折り合いをつけてるの?

ソウルのオフィスに足を運んでみんなと顏を合わせて話すことが重要なんだ。オレ達の受付の女の子がラジオCMに出演してくれたんだけど、彼女にe-mailを出してちゃんとお礼を言ったよ。良くできた宣伝だったからね。電話にも出てくれたことに感謝したよ。「君はまだインターンだけどイニシアチブがある。君の功績だってみんなに言うよ。ありがとう」って言ったんだ。

――過剰な経費(?)は信じないんだろ?

I encouraged all the guys in the band to find other outlets -- anything -- so that they could bring information back to the fold that would give us something to write about. I wanted to grow as an individual.--JBJ

ジョン・ボン・ジョヴィ・エンタープライズは偏屈で意地が悪いのさ。ここ(マンハッタンの彼のオフィスを指さして)にはたった2人のスタッフしかいないよ。オレは12年間自分自身のマネージメントをしてきたんだ。一度、マネージャーと建設的決別ってやつをしてね、オプションとしては他の大きなマネージメント会社に移ってパズルの一片になるか、あるいは自分で設立するかだった。20%が必要じゃないものを求めて窓の外へ出ていく、だったよ。

――つまり、自分自身をクライアントにビジネスを始めたわけだね。

レコード契約も完了、CAAはツアーを組んでくれた。オレはただレコード会社との関係を保つ努力をすればよかった。オレは20年間同じレコード会社にいるんだ。

――CEOとその社員が仕事に没頭しているのを時々見るけど、だからこそ時には一歩引いて新鮮な展望を持つ必要があると思うんだけど、君はそれをやったんだね。

84年から90年までに4枚のアルバムを出した。そのうちの二つ、SlipperyとNew Jerseyはそれまでのロックのアルバムで最大級のヒットになった。オレ達は働きすぎて、バンドは内部分裂。真実は「マシーン」がオーバーヒートして、誰もこの5人の若造が向き合っているものがどんなものかわからなかったんだよね。会社を背負う立場に追い込まれた。車庫でギターを握っていたただのガキだったのにさ。Guns N' Rosesに聞いてみなよ。

――解決策は?

バンドのみんなに他のはけ口を見つけるようにすすめたよ。何でもいいんだ。そうすることによってみんなが古巣にソングライティングのネタとなる情報を持ち寄ることができる。個人として成長したかった。2年後の92年に再び集まった時、――解散してたわけじゃないけどさ――たくさんの情報×5人分だったんだ。それらすべてが新しい自分たちを形成する糧となり、ライバルがメインストリームから外れていく中でKeep the Faithというレコードが生まれたんだ。

――君のエージェントのRob Lightが言ってたよ。グランジがロックに進化していく中、君たちの世代のアーティストの中で生き残ったのは君たちだけだって。

あの頃、このスタイルの音楽はもう終りだ、このバンドはもうおしまい、いろんな所のマネージャーから言われたけど、オレは自分に言い聞かせた。今こそ面白いんじゃないか、これからが始まりなんだ、ってね。バンドの連中にオレを信じてくれと言ったよ。もしこのビジョンを信じられるならオレ達は今まで以上にビッグになれる、とね。

――君はヨーロッパでツアーもしたよね。そしてIt's My Lifeで君たちは再びポップマーケットに返り咲いた。ビジネス戦略としても鮮やかだったよ。

オレ達は何度も流行ったり廃れたりしてる。ラジオが両手を広げて迎え入れてくれない時でも行き場所を見つけた。想像してなかった場所にも行ったよ。ヨーロッパやアジアなんかにね。

Every time I release a song I know I may have to sing it in 20 years, so therefore I better be happy with it, really happy with it, and not do it just because it's going to be a hit.--JBJ

――いろんな人間と君のことを話したんだけど、みんな口を揃えて君はありのままそのままだって言うんだ。どんな仕事でもそこに真実がある。君のお客さんは君が偽ろうと思ってもすぐ見破るんだって。

オレは18才の新人になる気もないし、Bob Dylanや、Tom Pettyや、Bruce Springsteenとつるんで大御所のふりをするつもりもないよ。オレはオレだ。毎回曲をリリースする時考えるんだ。この歌をこれから20年歌い続けることになるかもしれないって。だから納得したものでなくちゃ嫌なんだ。本当に満足してハッピーな気分で歌い続けたい。ヒットになるかもしれないってだけでリリースはできないよ。

――ピザ・パーラーに数曲持っていってキッズからサンプルデータを取ったって逸話があるよね?

故郷NJのセイヤーヴィルにある小さなスタジオで3枚目のアルバムになる曲のデモを作っていたんだ。伝達ゲームではまるでオレが賢くも彼らを投票のために集めたように語り継がれてるようだけど、実際のところはピザを食べに行っただけさ。そしたらキッズがたくさんいてさ、「あんた達のこと知ってるよ、アルバム2枚作ったんだよな?」とかなんとかベラベラと。それで彼らをスタジオに連れて行って、数曲聞かせた時の彼らのリアクションが選曲の参考になったってわけ。

――君はクリエイティブな業界にいるけど変化をどう思う?

オレの最近の格言は、「進化を好み、変化を嫌う」。だから妻も変わらないし、バンドも変わらないし、スタッフも変わらない。すべて同じなんだ。ハリウッドのやからとつるんだりしないよ。イエスマンはごめんだからね。そんな暇はないさ。

――こんなふうになりたいって人はいる?

フランク・シナトラ。彼の半分でもクールに、半分でも長く続けたいと憧れるよ。フランクは60本の映画に出演して、80才までツアーして、大統領を当選させた。そんな人になりたいよ。

――ハリウッドにはがっかりしたらしいね。どんな影響があった?

映画のセットに行って拒絶されてみるといいよ。たくさん失敗するといい。そうすればひとりの人間として強くなれる。オレのキャリアの大半は自分が誰で、どこに行きたいのかを指し示してくれる貴重な体験だったよ。それは自分探しのパズルの一片なんだ。映画業界で得た謙虚さはバンドがどういうものか、一個人としての自分はなんなのか、その洞察力を培ってくれたんだ。


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